天理の石・第一部
懐璧の咎
年表と登場人物
※ネタバレを含みます。第一部を読了済みの方向けです。
設定を語るのは野暮かもしれませんが、追記にメモとして記載しておきます。
CHRONOLOGY
年 表
乱から本編、そして別れまで。見出しをタップすると詳細が開きます。
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前史
玉雲観の百三十年-
百三十年前
石段三百六段
霖陳、七つで玉雲観へ上がる。数日を前後して、九つの少年も入山する。のちに彼を「亀」と呼ぶ側の、末席になる男である。
陳霖は元々体が弱い子でしたが、道を修めるものとしての才能は人一倍ありました。だから師は彼が修行に耐えうるだけの身体を作る必要がありました。才能があることと、それを発揮出来る環境があるかはまた別なのです。改稿前、この話が出てくるタイトルは「仙骨」というタイトルでした。
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百十七年前
号を選ぶ
二十歳。自ら号を選ぶ。望曉——夜明けを望む。
三作品において、号は皆古詩から引用しています。この望暁は陳起の「望暁」ではなく、施肩吾の「望暁詞」からとっています。夜明け前の仙境を望む道士の詩です。
衣を揽り起きて秋河を望み、濛濛として遠霧、軽羅の飛ぶが如し。蟠桃樹の上に日欲し出んとし、白楡枝の畔に星多からず。
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九十年前
祭酒を継ぐ
それまでの四十年は、師の後ろにいた。以後九十年、彼が祭を執る。
このあたりの話は、第3部で語られます。国の観の1番上にいた人物が、どのような人物だったのかは3部の彼の言動と行動で見えてくると思いますので、楽しみにお待ちください。教えられたものは教えたものの形をなぞるのであれば、霖陳がどのように育ってきたかを垣間見えることができるかもしれません。ただ、彼は優しい人間ではなく、規律的な側面の方が大きいです。
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四十年前
裴松と会う
裴松、二十三歳。以後四十年、この男だけが彼の顔の変わらないことを知っている。
裴松に恋愛感情を抱かせるかどうか、キャラクターを作る時に迷いました。傍から見たら、美しくて神秘的で慈愛がある人です。20代の男が一目惚れしてもいいかなとも思ったんですが、それよりもそんな神聖なもの見たら崇拝する系統に寄せた方がいいなと思い、却下しました。矢印が沢山向いているBLが書きたい訳ではなかったので。
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二十年余前
勅命
朝廷の命が玉雲観へ下る。不老不死の丹を作れ、と。煉丹の研究が始まる。同じ年、観は山門を閉ざし、新しい弟子を取らなくなった。
道を修める者達にとって、練丹術の煉丹というのは究極のものです。なので、研究自体はもともとありました。煉丹を最終的に作ることを目的としながら、日々病に効く薬を開発していたというのが現実です。ですが、王命により煉丹の開発に力を入れ始めます。陳霖達一部の道士は修行による内丹術により寿命をとめています。あの凄惨な実験の構想には、金丹を外部的に作れないかというものから来ています。一部の白澗観や、2部でのあるシーンで、沈暁が物事を観察し、分析するのは、冷淡さや無関心さではなく、一種の研究者としての癖でもあります。
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十四年前〜
李慕言、玉雲観にいる
物心のつく前に上がった子で、父母の顔も名も知らない。七つの年に石段を数え、隣で歩を合わせたのが陳霖だった。九つで薬房の当番を覚え、十二の年、戸の隙間から陳霖が印を組むのを見る。
李慕言が抱いたのは憧れです。ですが、間違いなく25年経った今はただの憧れではなく、恋慕に近いものだと思いますり
第20話「望曉」 -
十年前・数日前
言い争い
丹が完成に近づく。共犯者の一人と言い争いになる。李慕言は、声だけを聞いた。この数日後、陳霖は言葉を使うことをやめる。
陳霖は邪法に手をかけてるというのも知っていました。彼は高潔な人間なので、帝の勅令であっても自分の命をかけて拒否することもできましたが、玉雲観は皇族の観なので、資金面や色々と不便な事がないのは皇族の庇護があるからです。陳霖は道士であり祭酒でありながら、玉雲観の観主でもあるので、この場所で生活する人々を守る事を選びました。
第31話「遅かった夜」
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十年前 晩秋
乱
丹が、完成する。報告の出る前に、陳霖は成果と記録のすべてを焼き、同門三十四人を殺した。共犯者は抵抗した。薬を届けた帰りだった李慕言——十四歳——だけが、生き残る。
煉丹を作った人はこの世には居ません。知識を捨てるには、自分も自害する必要があった。ですが、丹は丹です。どんな方法とはいえ多くの道士がそれを求めて長い時間を費やしてきました。それに、陳霖には丹だけではなく多くの知識を持っています。道を歩む者にとって、弟子をとるのはその知識を伝え、道を継いでいくためでもあります。彼が自害を選ばなかったのは、自分の持っているものをどうするかを決めきれなかったからです。この辺りは第3部で大きく描かれます。
男は沈曉と名を変え、街道筋の薬売りになる。李慕言は裴松に拾われ、その邸で育つ。
この時、陳霖は百三十七歳。外見は二十九で止まっている。
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三年ほど前〜
玉雲観に灯りがつく
李慕言が焼け跡へ通いはじめる。同じ頃から、各地で怪異が起こりはじめた。起きる範囲は、年ごとに狭まっていく。
李慕言が使ったものは、道を修めない物が外因的要素で道術を扱う方法です。これは修行をしなくても外因的に金丹を生成できるかという実験に基づくものです。
宵 ──白澗観──
早春(梅の終わりかけ)第2話〜第7話
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本編開始
白澗観、一夜で滅ぶ
死者十五。生き残ったのは、買い出しに出ていた楊文ひとり。
楊文が生き残ったのも、沈暁と出会ったのも本当に偶然です。人生はこういう事を選べません
第1話の十年後 -
二日後
街道の男
楊文が、街道筋の薬売りに依頼する。
楊文も道士です。ですが彼は特別優秀なわけでも、高名な観で修行しているわけではありません。簡単な符を書いたり呪いは師の近くで見てきたため少しはできますが、あくまで田舎の小さな観出身の一人です。聴欄には直伝の弟子がいましたが皆帰らぬ人になりました。
市で値切るのが得意なのも、剣術が江湖仕込み(決まった型がない)なのも、よく観の外に出ていたからでしょう。だと言って、彼は決して剣の達人という訳でもありません。
第2話「街道の男」 -
三日後
山門
焼け跡に立つ。昼は、数えずに運んだ。夜のうちに、手が数えていた。
第3話「山門」 -
その夜
寮
楊文が一部屋ずつ回り、十五人ぶんの品を選ぶ。十四で、止まった。落ち葉ひと握りで、十五になる。
第4話「寮」・楊文視点 -
四〜五日後
弔い
二日かけて、入門順に土葬する。十五の牌、十五の穴。
弔いについては色々あるのですが、詳しく描くと世界設定をそのまま説明することになるので省きました。このあたりは二部で描かれます。
第5話「弔い」 -
同日
同行
沈曉が、同行を決める。
目的は違っても、同じ道を旅することはできます。
第6話「同行」・第7話「火の番」
夜半 ──棠梨村──
春(棠梨の花盛り)第8話〜第14話
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ひと月後
冥婚
棠梨村に入る。死者の祝言の依頼。滞在は三日、祝言はその二日後。
日本では花の季節と言えば桜ですが、中国の作品では梨が描かれることが多くあります。なので、私は桜よりも梨の花を描くことが多いです。これは結構意識してやっています。晩春から初夏にかけて降る雪のようで綺麗ですよね。
彼の作ったものは、確かに人を救うはずのものだった。老いを止め、死を退け、この世でいちばん多くの人が欲しがるものだった。
第8話「冥婚」〜第11話「祝言」 -
一月と少し
円
怪異の起きた地点を地図に落とすと、円になる。しかもその円は、年ごとに縮んでいる。中心にあるのは、臨江。星は、夏の並びに変わり始めていた。
- 約3年前・秋 | 黒水峠の駅逓(東・約二百里) | 人夫8人 | 一夜で全員死亡。傷なし。疫病として埋められた。幽鬼化なし=最初期の失敗
- 約3年前・冬 | 鷹帰山の山寺(北東・約百八十里) | 僧12人 | 消失扱い。雪解けに骸が見つかる。「狐の祟り」。幽鬼化なし
- 二年半前・春 | 洛尾の渡しの船宿(南東・約二百里) | 船宿の一家6人 | 死後に「夜歩く」噂が立ち、村人が家ごと焼いた。不完全な幽鬼化の最初期
- 二年前・夏 | 塩汲みの集落(南・約百六十里) | 十数人 | 生き残り一人の証言「みんな、歩いとった」。数日で崩れた(楔が浅い)
- 一年半前・秋 | 双柳鎮の武館(南西・約百七十里) | 門人9人 | 江湖で少し騒がれた。「道場破りの皆殺し」として流布
- 一年前・冬 | 梅嶺の炭焼き集落(西・約百五十里) | 7人 | 雪に閉ざされ、春まで発見されず。幽鬼は自然に崩れた後
- 半年前 | 古渡の廃村(北西・約百二十里) | 流民の一団・数不明 | 誰も数を知らない。「元から幽霊村」の噂に吸収された
- 数ヶ月前 | 棠梨村(西・約百里) | 阿石と杏児 | 阿石一人・生存
- 直近 | 白澗観(北・約十里) | 三十余人 |
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同日
臨江へ
今日も選び、明日も選ぶ。選ぶたびに、選んだことを忘れる。忘れなければ、続けられない。
第14話「臨江へ」
暁闇 ──臨江──
春の終わり〜夏(蝉)第15話〜第24話
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春の終わり
松
臨江で、裴松と再会する。十年ぶり。
第15話「松」 -
翌日
牢
沈曉、囚われる。三十四という数が、十年ぶりに口に出される。楊文が牢を破る。
第16話「牢」・第17話「牢破り」 -
その夜
岸
すべてを聞いた楊文が、火を挟んで向かい合う。
「十年、あんたは、あんな顔で寝てたのか」
第18話「岸」・決め台詞① -
数日後
望曉
十年の空白を、李慕言の側から数える朝。
結局彼も、自分が何者なのかを問いたかったのかもしれない。沈曉は名前が三つあって、その中の二つで生きてきました。でもそれはもう使えませんが、そこにまだ意は残っています。李慕言は二つの名を使うことができるのに、一つの形に固執しました。
もしも論の話をするなら、李慕言が沈曉に師事してたら優秀な道士になっていたでしょうね。言われなくても見て学ぶというのは形がどうであれ、理論を頭に叩き込むよりも良い学び方だと思うので。
何も言われなかった者は、どこからも、始められない。
第20話「望曉」・李慕言視点 -
夏
炉
追手。楊文が腹に重傷を負う。沈曉は自らの修為を——百年を——炉に焼べる。
人の一生としての幸福を手放して、選んだ百年です。それでも、贖罪ではありません。おそらく知らない人であれば彼は介抱しながら看取るだけだったと思います。沈曉にとって楊文は久しくして長く時間を共にした人です。彼は十年、一人ですごしてきました。ですが、同じ飯を食べ、旅し、そこに情がないわけがない。それに、彼は数百年彼の様な人と過ごすことはなかったので、楊文と過ごす時間はいつの間にか大切なものだったんでしょうね。そのことを言葉にすることはありません。沈曉は言葉にするより、行動で表現する人です。その形の名にも、今は気づくことはないでしょう。
第21話「追跡」・第22話「炉」 -
翌朝
夜明け
「勝手に減るな」
第23話「夜明け」・決め台詞② -
夏の終わり
白髪
白い一筋。百三十年、止まっていた時間が動きはじめる。
もともと地毛は白です。人相を変えるために法術で髪の毛を染めてる・・・という設定です。二話の朝で描いています。詳しい描写はいらないかなと。なくても読めるので。小ネタ程度で。彼は基本的に誰よりも早く起きています。そのたびに法術で髪に色を入れていました。この髪の白いのは、老いであり、力の減衰の表れでもあります。それを見て、楊文は前者でとらえ、他の二人は後者でとらえました。外見は三十台なのに、身体に先に老いの兆候がでてるのは、彼が想像以上に長い時間身体を酷使してきたんでしょうね。見た目の時間が来る前に中の方が悲鳴をあげています。
第24話「白髪」
曉 ──玉雲観──
夏の終わり〜中秋第25話〜第36話
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療養ひと月
灯りの噂
焼けたはずの玉雲観に、灯りが点いている。噂は半月前から裴松の耳にあった。
待たれておるのは、お前だ。
第25話「灯り」・第26話「松と桃」 -
秋の始まり
筆跡
裴松に拾われてからの十年を、李慕言の側から。教わった者は、教えた者の形になる。
親もおらず、家は焼け、大きな傷を負った子供です。こんな性格ですが皆に大切にされていました。また、人との距離感を図る癖ができていたので、思った以上に年上から大事に扱われる。将軍の家にやってくる兵たちに餌付けされてたかもしれません。もらいませんが。彼の周りには優しい人がたくさんいました。その優しさを享受し、時分にならないようにすることが彼の無意味な修行になっていたのかもしれません。
第27話「筆跡」・李慕言視点 -
玉雲観
決着
焼け跡で向かい合う。二十五歳の剣と、百年を焼べた体。
知還の名は、 陶淵明の「帰去来兮辞」から。「雲は無心にして以て岫を出で、鳥は飛ぶに倦みて還るを知る」飾らない自分自身や、心安らぐ日常を取り戻すことをよんでいますが、今では皮肉としても捕らえられますが、霖陳が玉雲観の若い道士たちへどうなってほしいかという意でもあります。
第28話「借り物」・第29話「決着」 -
同日
説明
沈曉が、十年言わなかったことを言う。焼け跡に、長い沈黙が降りた。
第30話「説明」 -
十年前・七日前
遅かった夜
乱の七日前から、その夜まで。共犯者の側から見た七日間。
視点が変わったのでちょっとわかりにくいかもなぁと思いながら書きましたが、沈曉視点の話しなので、別視点からみた彼がどんな人なのかを見せたかった。別にこの道士が欲深いわけではなく、いくら修行をして長寿になったところで人は人です。人の三大欲求は生命維持に関することです。だから、丹が欲しいと思うことは欲というよりかは本能に近いものかもしれません。
あの亀の子は、まだ笑っていた。
第31話「遅かった夜」・道士視点 -
秋の始まりの風
一太刀
楊文が斬る。李慕言、二十五歳。斬られる側も、見届ける側も、最後まで目を逸らさなかった。
第32話「一太刀」 -
後日
報告
裴松が、三十一話ぶりにその名を呼び直す。
「老いてゆけ」
第33話「報告」・決め台詞③ -
道中・二夜
罪
背負う、と呼ぶ者がいる。
過去の話しです。沈曉がここまで語るのはめずらしいことです。甘いものが好き、ちょっとからかったりする、子供と一緒になって遊ぶ、それは本来彼が持っていたものです。楊文との旅を経て、少しだけ捨てきれなかったものを表出することを思い出したのかもしれない。
第34話「罪」 -
中秋の直後
別れ
桃が、返り咲いている。楊文は白澗観へ、沈曉は南へ。薪を掴んで、くべない。
第35話「別れ」 -
その後
看板
楊文が、初めてその名を呼ぶ。腹の傷は塞がっている。肩の傷は、白い筋になっていた。白髪は、四本になった。
実はここまで楊文は沈曉の事を「あんた」としか呼んでいません。三作品を通して、天理の石において名前はとても大切なものです。
「考えておきます」
第36話「看板」・決め台詞④
白澗観
エピローグ第37話・行商人視点
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のちに
掛かっていないだけ
山道を行く行商人が、門を見上げる。看板は、まだ無い。無いのではなく、掛かっていないだけである。
二部へのにおわせでもあります。ちょっとやりすぎた感が否めません・・・・。
CHARACTERS
登場人物
第一部の時点での紹介。今後の展開に触れる情報は含めていません。
沈曉
シェン・シャオ 主人公街道筋を渡り歩く薬売り。薬を売り、札を書き、時おり軽い祓いを頼まれる。丁寧で簡潔な物言いをするが、自分の内側についてはほとんど語らない。
外見は二十九歳ほどで止まって見えるが、実際の年齢はそれよりずっと重ねている。夜明け前には既に目が開いている、火に背を向けて座る、水は桶に八分目しか汲まない——そうした所作の一つひとつに、長く生きてきた者の癖がにじむ。
符籙と印訣、なかでも封印・浄化の術を得意とし、剣も遣う。何かを抱えている気配はあるが、それが何かは、しばらく明かされない。
楊文
ヤン・ウェン 相棒白澗観・内門弟子。一夜にして観が滅んだ夜、買い出しに出ていたために生き延びた。裏表のない明快な性格で、よく喋る。沈黙を破るのはいつもこの男の役目。
値切りが得意で、鼾が大きい。剣は実直な型で、上段からまっすぐ入る。喪った者たちの分まで背負おうとする気質があり、それが時に危うさにもなる。
沈曉のことは、最後まで「あんた」と呼ぶ。
李慕言
リー・ムーイェン 乱の生き残り十年前の乱で、ただ一人生き残った玉雲観の道士。物心つく前に観へ上がり、父母の顔も名も知らない。丁寧で静かな口調だが、その敬語の底には温度がない。
陳霖につけられた道号は「知還」——還るを知る、の意。だが彼自身は、還る場所はわからなかった。
裴松
ペイ・ソン 沈曉の旧友元将軍。武人らしい簡潔な物言いで、自分のことを「儂」と呼ぶ。沈曉とは四十年来の付き合いがあり、彼を昔の名——「陳霖」——で呼ぶ、数少ない人物。
「陳霖は死んだ」と復命した張本人でもある。
白澗観の人々(故人)
聴瀾(ティンラン)
白澗観の師匠。惨劇の夜に没した。水音を聴く者、という号を持つ。
周敬(ジョウ・ジン)
写経を担っていた兄弟子。指先がいつも墨で染まっていた。
小竹(シャオジュー)
最年少の弟子。まだ号を持たないまま、幼名だけで牌に刻まれた。
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